本日の心理学・名言2477-1

人はともすると、我さえ良くば、という心を使いがちです。
それは、神様の思し召しに反する
心遣いであることを知らないからです。
神様は、人間が互いにたすけ合って、
陽気ぐらしをすることを望まれているのです。
自己の利益のみにとらわれた考え方から、
真理にそぐわない多くのほこりの心遣いが出てきます。
ほこりの心遣いとは、
本人もそれとは気づかない程度の、ごく些細なものです。

例えば掃除の行き届いた、見た目には塵一つ無いような部屋でも窓から差し込む陽の光を通すと、
無数の埃が浮遊しているのが分かります。
どこにこれほどの埃があったのかと不思議に感じます。
そしてやがて、それは障子の桟(さん)や机に積もります。

心のほこりも同じで、

私たちはややもすると、物欲について十年、二十年のあいだ、
ほこりを払わずに積もらせていることがあるのです。
こうして、知らぬ間に積み重ねたほこりが種となり、
病気や事情(問題)となって芽生えてくることを、
「いんねん」というのです。
神様の思し召しを定規として、通り来たった自己の道を反省し、また、日々の心のほこりも払いつつ、いんねんを納消し、
神様の目的である陽気ぐらしに向かって、
歩みを進めていく事が大切です。
用語集
by話の台第六集